進路状況

平成22年3月卒業生(31回生)

【進路先統計】

男子 女子
卒業者数 53 33 86


大学 17 22
短大
専門 10
小計 21 14 35
就職 31 20 51
その他

《過去3年間の進学状況》

国公立 山梨大学           
私立大学 愛知大学 愛知淑徳大学 名城大学 愛知学院大学
中京大学 大同大学 金城学院大学 愛知工業大学
中部大学 名古屋経済大学 同朋大学 名古屋学院大学
日本福祉大学 愛知東邦大学 岐阜経済大学 名古屋文理大学
名古屋学芸大学 鈴鹿医療科学大 至学館大学 名古屋造形大学
四日市大学 大正大学
私立短期大学 愛知江南短大 一宮女子短大 岐阜聖徳学園短大 名古屋短大
名古屋文理短大 中日本自動車短大
名古屋柳城短大 愛知工科大短大部 愛知きわみ看護短大
看護専門学校 中部看護 津島市立看護 愛北看護 日本中央看護
更生看護 稲沢准看


昨年度卒業生(31回生)の主な就職先

男子 《製造》      【業種】生産技能
豊田合成(株) リスパック(株)犬山工場 高雄工業
(株)ソトー (株)今仙電気製作所 (株)MPS
伊藤鉄工(株) (株)東名 (株)木村鉄工所
(株)一榮工業 (株)名光精機 ウチダ(株)
中部ブリスター包装(株) (株)サカイナゴヤ (株)ソーゴー
タカラ食品(株) (株)安藤工業所 角田工業(株)
《建設》    【業種】生産技能
(株)トーエネック名古屋支店 (株)ピコイ (株)橋梁技建
《卸・小売》   【業種】販売
(株)ガステム
《サービス》     【業種】サービス
(株)エコクリーン
《医療福祉》     【業種】介護
(株)サンケア
女子 《製造》     【業種】生産技能
祖父江ティーエス(株)
《卸・小売》   【業種】事務
(株)太平
《卸・小売》   【業種】販売
(株)山田油店 (株)プロネットワーク
《医療》   【業種】介護
医療法人孝友会 医療法人愛礼会 社福法人一期一会福祉会
山村外科
《飲食》   【業種】サービス
(株)ヨシックス





合格体験記   先輩から君たちへ


31回生   名城大学経済学部   A.H


 私は高校入学当初、大学に進学するか就職にするか迷っていました。まだまだ時間はあるのだから、ゆっくり決めればいいや、と軽い気持ちでした。度々ある進路希望調査では、私は絵を描くのが好きなので、よく美術系の大学の名前ばかり書いていました。進学するにも就職するにも、とりあえず遅刻・欠席をなるべくしないように努力し、補習も欠かさず参加しました。
 本格的に自分の進路について考えはじめたのは、二年生の夏でした。先生に「大学のオープンキャンパスに行ってみたら?」と言われたので、近くの大学のオープンキャンパスに参加しました。その時は、特に行きたいと思う学部がなく、何となく経済学部を見学しました。その時に、お金の流れや経済のしくみに大変興味を持ちました。ちょうどその年の秋にリーマンブラザーズの破綻がおこり、日本の企業の多くが生産を縮小し、これに伴い多くの人々が職を失いました。不況の影響を真っ先に受けた非正規労働者は職を失い、住居をも失う人が出ました。そんな人たちがテレビや新聞で連日報道されているときに、経済学を学んで大勢の人を幸福にしてあげたいと思ったのです。
 三年生になってから具体的な進路先について悩みました。二年生の時にオープンキャンパスに行った大学を進路希望調査に書いて提出したら、先生に「ここの大学じゃなくて、もう少しレベルが高いところでも良いのではないか」と言われました。そこで、夏休みにいくつかのオープンキャンパスに参加して、志望大学を絞りました。名城大学の経済学部で経済のしくみを勉強したいと決めたのです。三年生では、通常の補習の他に、土曜学習会や夏ゼミがあり、これにも積極的に参加しました。たまに「めんどうだな」、「サボりたいな」と思うことがありましたが、「今頑張らないでいつ頑張るんだ」と自分自身に言い聞かせました。家だとなかなか集中できない私にとって、土曜学習会では限られた時間の中で集中して勉強に取り組む姿勢をつくることができました。夏ゼミも受験を乗り切るためには重要です。先生から、受験生は一日10時間近く勉強するものだと聞いて絶句しました。とても大変だったけれど、一緒に取り組む仲間がいたし、私も負けてられないと気持ちを奮い立たせて頑張りました。
 そして、それまでの努力が実り、名城大学の指定校推薦をもらうことができました。はじめは志望理由書を書くのに苦労しました。自分が進学したい大学なのに、自分の思っていることを文章にして伝えることはとても難しいと思いました。先生の指導のもと、何度も何度も書き直し、ようやく出来た頃には辺りが真っ暗でした。面接練習も業後に何度も行いました。はじめは、質問に対してどう答えていいかわからず、よくどもったりしましたが、何度も繰り返し指導を受け、先生のアドバイスや答え方をメモして覚えるようにしました。入試当日はすごく緊張し、最初の方は声が裏返ったりしてあせりましたが、志望動機を話しているうちに落ち着きを取り戻しました。自分が伝えたいことを言えたと思います。数日後に合格通知が届いたときは、今まで頑張ってきて良かったと思いました。今は大学からの課題で苦労して、まだまだ勉強が足りないと実感しています。
 高校生活は、楽しいこともあるけど、辛いこともあります。一度壁にぶつかったら、悩んで悩んで、悩み抜いてみてください。自分の人生なのですから、たくさん悩んで、そして決めてください。私もたくさん悩みました。そんな時、周りには頼れる先生、友人、家族がいるのです。自分の将来について考えるとき、周りの人たちからアドバイスをもらってみてはどうでしょうか。きっと、みなさんの「やりたいこと」が見つかると思います。高校生活を有意義に過ごしてください。



31回生  愛知工業大学 工学部応用化学専攻 平野観生


 自分は、高校に入ってから、卒業後はとりあえず大学に進学しようという漠たる考えしかありませんでした。自分がどのような分野に進みたいかもわかっていませんでしたし、入学して最初の頃は、進路について、さほど考えていませんでした。二年生になってからは、文系と理系にクラスが分かれるので、好きで得意な化学のある理系クラスに進むことにしました。そのころからは進学についての資料がこれでもかというほど配布されたり、進学説明会に出かけたりと、真剣に進路について考えなくちゃならない時期が来たのだなと思いました。それからは、まず自分の行きたい学科を調べました。大学についての知識は乏しく、どの大学に自分の興味のある学科があるかがわからなかったからです。そして、調べた学科がある大学から、受験する大学の候補を絞ることにしました。
 三年生になってからはさらに進路について深く考えさせられる時期がやってきました。二年生の時に自分が候補に挙げた大学について、進路指導室でパンフレットを見て調べたりしました。もちろん、大学のオープンキャンパスにも足を運びました。オープンキャンパスは、その大学について直接体験できることが多くあるので必ず行った方がいいと思います。オープンキャンパスで自分の入りたい学科を見れば、その大学をめざし努力しようという気持ちが芽生えます。その大学に入りたいと志す気持ちは大事ですが、それだけでは大学には入れません。勉強にも力を入れなければいけません。また、自分は推薦での入試を希望していたので勉強以外の面でも怠ることができないことがありました。欠席はもちろん遅刻も基本的にしてはいけません。授業の予習、復習、提出物に関しては毎日忘れず、補習、夏ゼミの参加も必須です。面倒なことだと思うかも知れませんが、このような小さな積み重ねがとても大事です。自分はこの小さな積み重ねが功を奏して、学校から推薦をいただくことができました。
 推薦をいただいて喜んだのも束の間、入学試験が迫ってきました。面接の練習と小論文の練習をしなければなりません。この二つの練習は必ず必要です。何度も何度も練習しました。面接は、実際にはどんな質問が出るかわからないので、いろんな質問に答えられるように用意しておかなければなりません。練習でも最初のうちは、なかなかうまく答えることができませんでしたが、徐々にスムーズに答えられるようになりました。面接で一番大事なのは、焦らず緊張せずに、です。本番では自信を持って自分の答えを明確に伝えることができました。小論文の練習は自分が思っていたよりも大変で、相当苦労しました。なかなかコツをつかむことができず、何度も書き直しが必要で、大変でした。小論文はある程度の知識を要求されるものもあるので、日々、新聞などに目を通しておいた方がいいと思います。
 試験当日は落ち着いた状態で臨むことができました。面接も練習した内容が出たので、十分に準備しておいて本当に良かったと思います。小論文も練習したおかげである程度の構成を組み立てることができたので、うまく書けたと思います。
 合格通知が届いたときは今までの苦労が報われたと思い、とても嬉しかったです。合格した後も大学からの課題など、入学までにもっと学力をつけないといけないと思っています。これからもコツコツと毎日の積み重ねを大事にしていきたいと思います。



31回生  名古屋文理大学 健康生活学部 S.R


 僕は、高校に入学したときには動物関係の仕事に就きたいと思って、動物系の大学に入りたいと思っていた。しかし、その道が難しいことがわかり、1年生の時に先生・保護者と相談をして、進路を変えることを決意しましたが、なかなかやりたいことが見つけられませんでした。就職も視野に入れていましたが、どんな進路になるにしても、理系の方に興味があったので、類型選択は理系を希望しました。また、補習はどんな進路にも対応できるように、2年生になっても続けていました。
 進学に決めたのは、2年生の夏休みでした。できれば推薦で進学したかったので、まず学校を休まないようにして、部活動もしっかり参加しました。出された課題は、提出期限までに出すことを心がけました。
 3年生の夏には夏ゼミに参加しました。普段の授業とは違い、自主的な取り組みが必要でした。また、土曜開放は、最初は面倒だと思っていましたが、続けていくうちに時間の使い方がわかってきました。
 大学は、2年生の夏休みから、いくつもの大学のオープンキャンパスに参加したり、何度も進路指導室に足を運び、担任の先生と相談して決めていきました。そして選んだのが、名古屋文理大学管理栄養学科でした。
 努力の甲斐があって、推薦をいただきました。つぎに、推薦入試で合格するために、面接指導を受けました。最初に先生からプリントが渡されました。そのプリントには、面接試験できかれる志望動機や自分の長所・短所など様々な質問が書いてありました。自分で書いた答を、指導の先生といっしょに適切な言葉に直していきました。面接の練習では、質問の意味を取り違えたり、練習なのに緊張してトンチンカンな受け答えをしていましたが、何度も練習するうちにきちんと受け答えできるようになりました。
 入試当日は、待ち時間がとてもつらかったですが面接が始まると不思議と質問に難なくスラスラと答えることができました。そして、一週間後、合格通知を受け取り、ものすごく感激しました。合格後も、高校に提出するレポートなどに苦労しましたが、大学ではレポートを書くことが多くなるので、その練習だと思って頑張って書きました。これからも、大学で頑張れるように勉強していきたいと思います。


31回生    稲沢准看護学校   福嶋理加


 私が看護師の道を目指し始めたのは、随分遅く、高校3年の1学期頃でした。それまでは、美容師の資格を取り、将来自分の店を持つことが夢でした。
 しかし、高校の進路相談で大きな壁にぶち当たってしまったのです。私は、早く自立するためにも、働きながら学びたかったので、美容院に見習いとして勤めながら、専門学校で学ぶことができるところを希望していましたが、そのような求人はありませんでした。見習いを雇うより、専門学校を卒業している人材を求めているところがほとんどでした。いろいろな求人誌を探したものの、一向に進路実現へのスタートが切れませんでした。進路の実現は簡単だと軽く考えていたので、高校で進路の相談をするまでは、求人の状況など、気にもしていませんでした。世間を甘く見すぎていたと思います。
 現実にうちひしがれた私はどうすることもできませんでした。当たって砕ける前に、見事に散ってしまったのです。でも、ここで立ち止まっている余裕はありませんでした。振り出しに戻った私は、まず、家族と自己分析(学力・長所・短所・生活状況)をしました。どんな職業に就くにしても今のままの学力や出欠席日数ではとても困難だと思い、まずこれを管理・向上させることを目標に置きました。そして、次に、自分の性格を踏まえた上で、自分にあった職種を絞り出しました。それは、医療・福祉系の仕事でした。人と接することが好き・人の役に立ちたい・資格を取得し社会貢献したいという気持ちは、美容師を目指していた頃からずっと譲れない条件でした。
 福祉系の仕事に就職することを考えましたが、親からの助言で私の考えは大きく変わりました。助言の内容は、「今しかできないことをしてみたら。どうせ目標を持つなら高い位置を目指せ。頑張ってダメでも努力してきたことは無駄にはならない。チャレンジする前から諦めていては、以前の自分と変わらんぞ。看護職目指してみやあ。」でした。とても心に響きました。私は祖母を早くに亡くしています。病気で苦しむ姿を見ていて、何もできない自分にもどかしさを感じていました。祖母のことと親からの助言が結びつき、私の目指す道は、看護職しかないと強く思うようになりました。その思いをもって先生に相談したところ、看護職は今の自分ではなるのが厳しいということと、責任の重さや看護職を目指すに当たっての覚悟を確認するように助言されました。私の気持ちは変わりませんでした。そのあとは、先生の協力のもと、看護職についていろいろ調べたり、看護実習体験に参加しました。実習先で看護職に就くことの厳しさや充実感を学ぶことができました。
 結果的には、一般推薦で十月に准看護学校を受験しました。試験内容は、国語・作文・面接でした。その後、十一月に病院の就職試験を受けました。試験内容は面接のみでした。四月からは病院と学校の両立で激務だと思いますが、夢への第一歩が踏み出せたことをとても嬉しく思っています。

 私が伝えたいことは、何かに行き詰まったときは、独りで悩まず、周りの人の言葉にも耳を傾けて見てください、ということ。そこから得られるヒントや助言があると思います。消去法ではなく、何事にも高い志で当たって砕けろの精神で、後悔しないようにしてください。
 最後に、尾西高校の先生方や友人への感謝の気持ちを忘れずに、これからも頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。



31回生    豊田合成株式会社     加藤 学



 僕は、高校に入り立ての頃は、進路のことをあまり深く考えてはいませんでした。大学には進学せず、就職一直線ということだけは、高校に入るずっと前から決めていました。そして、三年生になり、進路について真剣に考える時期がやってきました。自分は今まで何も考えずにここまで来てしまって、自分がどこの会社にはいるのか、どんな試験や面接になるのか若干の不安がありました。そして、求人票で受験したい企業を探したり、面接の練習に取り組んだりと、試験へ向けての行動を開始しました。
 求人票でいろんな会社を見て、まずはじめに豊田合成が目に入り、次に二つ三つと希望企業を決めました。豊田合成は、自分にはハードルが高過ぎると思っていて、初めは卑屈になって第三希望にしていました。何回か面談をやって、最後の面談で先生が助言をくれました。「ここならいけると思いますよ。」と言ってくれたので、この会社に決めることができました。
 受験企業が決まり、面接練習だけに集中して力を注ぎました。面接の質問例が書いてあるプリントに、自分なりの答えを全部書いて、それを覚える努力をしました。担当の先生にお願いして面接の練習をしました。また、他の先生方も心配していただいて、何人かの先生に面接の練習に付き合っていただきました。指導をしっかり受けて、試験に挑みました。面接試験の直前には、うまくできるか不安と緊張ばかりでしたが、やってみると、意外とあっさりしていました。試験前の不安がウソのようでした。無事に試験を終えて、一週間後に結果がわかり、進路室で「合格です」と言われたときは、一気に肩の荷が下りました。この日は一日中、心が弾んでいました。
 合格への道は、簡単ではありません。自分は一、二年生の時から進路を考えていたわけではなく、三年生になってやっと考え始めました。みなさんは、早めに希望を見つけておくといいと思います。けれど、自分の進路は決めているからといって、それだけでいいとはいえません。一、二年生の時の学校生活もとても大切なことです。学校生活をきちんと送ることが進路実現につながります。三年生になると、頑張りどころは沢山あります。しっかり考えて会社を選び、面接練習をしたり、社会に出ても大丈夫なようにマナーや心得を知っておいたり、気を配るところは山のようにあり、苦労が絶えません。困ることも出てくると思います。そのときは、自分の周りにいる人の助けを借りて前に進んでください。
 沢山沢山努力して、自分の納得できる結果になるように頑張ってください。



31回生   祖父江ティーエス株式会社  杉本佳代



 私は、中学生の時から、高校を卒業したら就職するつもりでした。
 二年生の夏、インターンシップという職場体験がありました。私は、先生に勧められて、祖父江ティーエス株式会社へ、友達と二人で行きました。体験は二日間ありました。一日目、とてもドキドキして行くと、やさしそうな方が担当で、いろいろと案内してくれました。案内されている間、社内を行きかう方々が、みんな笑顔で「こんにちは」と言ってくれました。その光景を目の当たりにして、わたしはとてもいい会社だなあと思いました。
 実際に体験した仕事は、いろんな厚さの紙を包んでガムテープで貼り、シールを貼ったりする作業でした。最初は、見ていてとても簡単そうな仕事だと思いました。でも、実際やってみると、紙の一枚一枚が重くて大きくて、なかなかそろわないし、包むときにずれてしまってすごく難しかったです。しかも、その作業をやる場所がボイラーの近くで、夏だと最高で八十度ぐらいまでにもなると聞き、本当にびっくりしました。私たちも作業をしていて汗が止まらなかったです。でも仕事を教えてくれた従業員の方は、暑いからちょっとずつでいいよなどと気を遣った言葉をかけてくださいました。二日目もとても親切にいろいろなことを教えていただいたり、声をかけてくださいました。とてもうれしかったし楽しい思いをもちました。

 三年生の七月になり、求人票解禁日という日が来て、自分の職場を探そうとしました。まず、はじめに求人票の数に驚きました。1つ上の先輩から聞いた話では五百ぐらいあった求人票が、私たちの時には景気悪化が原因で、半分以下の二百ちょっとしかありませんでした。その中から本当に探せるのかなあと最初はすごく不安な気持ちでした。そんな気持ちで求人票を見ていたら、インターンシップに行った祖父江ティーエス株式会社の名前がありました。とても楽しかったイメージしかなかったので、この会社にしようかなと思って企業訪問しました。
 インターンシップから約一年たっていましたが、担当していただいた方にまずはじめにかけてもらった言葉が、「前働きに来てくれた子だよね」でした。会社の中を案内してもらっている間も、自分のことを憶えていてくれる人がたくさんいて、とてもうれしかったです。「ここ受けるの?」と聞かれ、「受けたいです」と答えると、快く歓迎してくれるような言葉をもらえました。
 九月の試験当日、テストはすごく難しくはなかったけれど、簡単でもありませんでした。でも面接は、予想と違ってすごく軽い感じでした。笑顔で質問してくれるので私も気持ちよく答えることができました。インターンシップ、企業訪問、就職試験と、祖父江ティーエスという会社に接して、とても良い会社だという印象を持ちました。あと少しで入社しますが、入社したらまず職場の方々とのコミュニケーションをとりたいと思います。たぶん私のこともおぼえていてくれると思うので楽しみにしています。
 面接試験の時に、唯一聞かれて困ってしまったのが、「なぜ遅刻や欠席が多いんですか」という質問でした。私的なことなのでとてもあせってしまいました。でも、あせった原因は自分の問題です。自分が寝坊などしなければあせることもなかったはずです。遅刻や欠席はそのときは何も考えていなくても、後から絶対自分にはね返ってくるものです。これから就職しようと思っている人は、今のうちに遅刻や欠席を少しでも減らした方がいいと思います。



31回生   ウチダ株式会社  T.R.


 私は、3年生になってから真剣に進路のことを考えて、就職することにしました。7月になり、求人票が解禁になると、すぐに求人票を見に行きましたが、私はまだ、どんな仕事に就きたいかという目標がなく、困ってしまって、一週間ぐらい考えました。そして、製造関係の仕事に就きたいと思い、希望を出しました。夏休みに入って、そのうちの1社へ企業訪問して、面接練習を積み重ね、入社試験に挑みました。
 私は、正直に言うと、その時点では就職は簡単にできると思っていました。しかし、現実は違って、就職試験の問題は難しく、面接もうまくしゃべることが出来なくて、その企業から不採用の連絡を受けました。私は、「就職が出来なくなるのでは」と焦りました。今は不景気なのでとりあえずどこでも就職すればいいと思いましたが、そういうこちらの気持ちがわかったのか、その後つぎつぎに採用試験を受けたのですが、6回も不採用となりました。7回目の入社試験でやっと内定をいただくことができました。まさかこんなに就職が苦しいことだとは夢にも思っていなかった私にとって、就職活動の苦しさを痛感した一年間でした。今後就職活動をするみなさん、不景気は続くかも知れませんが、私が7回も就職試験をうけて、大切だと思ったことがいくつかあります。
 一つ目は、面接の練習がとても大切です。面接の練習をやらずして、企業から内定はもらえないと思いました。私が面接練習で大事だと思ったことは、大きな声でハキハキしゃべること。相手に「こいつは、こんなに我が社に入りたいのか」という熱意をみせることができれば、面接で少しぐらいとちっても、相手は気にしないと思います。
 二つ目は、質問されたとき、ただ単に暗記したことをしゃべっても面接官にはすぐにわかってしまい、つっこんだ質問をしてくるので、自分の言葉でわかりやすく丁寧にしゃべることが大切です。そうすることで、人とのコミュニケーションが取れることをアピールでき、いいイメージを与えることができます。
 三つ目は、面接の時の姿勢ですが、座ったときに背筋を伸ばした方がいいと思います。そうすることで、明るいイメージを与えることができます。もし、猫背で座っていると、暗いイメージで見られがちです。企業は明るいイメージの人を採用したいでしょうから、細かいことですが、大切なことだと思います。
 面接は、声の大きさや質問の答え方、姿勢が大切です。7回試験を受けて、よくきかれた質問は、「志望動機」「この会社で自分の何を活かして将来はどんな仕事がしたいか」「部活動の思い出」「休日の過ごし方」などです。今後就職活動されるみなさんも、ぜひこれらの質問は、答え方を考えておくといいと思います。少しぐらい面接で失敗しても、自分のアピールポイントをしっかり持って大きな声でしゃべることができれば、内定を手にすることは難しくないと思います。不景気がどこまで続くかわかりませんが、先生の指導をしっかり受けて、頑張ってください。